11. 世俗化と宗教のグローバル化
社会の、あるいは世界の世俗化と宗教の関係、世界のグローバル化と宗教のグローバル化
資料確定:2025-12-16 08:10
今回の参考文献(授業の参考にしたもの)
11.1. 世俗化
合理化による脱呪術化:〈合理化過程は呪術的観念を解消し、世界を脱呪術化し(世界の魔法を解き)、次第に神の存在しない世界へと変えていく〉と予想した。
ウィルソンによる「世俗化」の定義(東馬場郁生「世俗化(論)」):「宗教的諸制度、宗教的行為および宗教的意識が、社会的重要性を喪失していく過程」
宗教は文化を伝達する媒体であり、人びとに共同して生きるための指針を与えるものである(稲場圭信「『現代宗教の変容』」)。
もし、宗教が制度化されることなく、各世代ごとの一時的なものであるとしたら、人間は文明を生み出す強力な力を失うことになるだろう(同上)。
「世俗化に伴って宗教は社会的意義を喪失する」(中野毅「ウィルソン」)
現代社会においては、〈超自然的なものへの信仰〉が衰退したり、〈超自然的なものが現代人の日常生活に有意義な影響を及ぼしている〉という考えを否定する傾向が現れたりする。
教会の社会的重要性が低くなり、人々の宗教的コミットメントが衰退しつつある。
「聖なる天蓋」:人々の生活を揺りかごから墓場まで包んでいた中世キリスト教世界
世俗化:かつて社会全体を天蓋のように覆っていた宗教制度がばらばらになり、それによって「社会と文化の諸領域が宗教の制度や象徴の支配から離脱するプロセス」(東馬場「世俗化(論)」)。
宗教の私事化:「社会と文化の諸領域が宗教の制度や象徴の支配から離脱するプロセス」を「宗教の私事化」ととらえる(東馬場「世俗化(論)」)。
世俗化:教会宗教によって正当化された、一切を統轄しようとする宗教的規範の主張が、説得力を失っていく過程(同上)。
個人は、宗教的規範を世俗制度がいまだ支配していない領域に制限しようとする。
「見えない宗教」:そのため、宗教は私的な事柄となり、社会的に見えない宗教となる。
〈社会における[宗教の]公的機能の喪失と、宗教として分化した領域における私事化は、表裏一体である〉という認識は,以後の世俗化論の軸となった(東馬場「世俗化(論)」)。
より詳しくは…(石井研士「『見えない宗教』」の説明の要点)
「宗教」とは
宗教の定義について、本質的定義は誤っており、機能的定義のみがイデオロギー的偏見を排除できる。
機能的定義の前提になる「機能」とは、社会学的機能主義のそれではなく、宗教として制度化されるうるものの普遍的な人間的条件である。
普遍的な人間的条件とは、有機体としての人間がその生物学的本性を超越することを意味している。
社会構造の制度的分化と「私の領域」の出現
宗教の原初的な形態としての世界観は普遍的であり、全体として宗教的機能を果たしている。
これが社会の場において分節されると、既成の「公式モデル」となり、個人はその「公式モデル」を内面化して自らの意味体系を構築する。
社会構造の制度的分化が進むと、機能的・合理的制度にもとづく専門的役割の匿名性が増大する。
それに伴い、個人は制度的領域の意味づけから解放されて、自律的な意味づけを形成するチャンスを得る。
=制度の分化が個人生活の広範な領域を構造化しないまま放置し、人間の生き方全体を整序する意味世界を掘り崩した。
制度の分化がもたらした社会構造の裂け目から、「私の領域」なるものが現れた。
このようにして、個人が自己の究極的意味体系を構築できるようになった。
個人は、目の前に並べられたさまざまな「宗教表象の詰め合わせ」を自由に選択する「自律的な消費者」になった。
1980年代以降、世俗化論再考の動きが活発になった。
要因
欧米圏外でのイスラーム主義の台頭
アメリカの宗教復興 など。
世俗化論が説明できない現象・データが現れた。
社会的機能の喪失は,必ずしも「私事化」を伴わないことが明らかになった。
世俗化の3概念:分析次元を全体社会(社会全体)、組織、個人に分けて、世俗化を精緻に考えようとした。
宗教という聖なる世界が、社会全体を覆う意味体系としての自己主張を失い、他のサブシステムと並ぶ下位体系のレベルへと縮小していった(東馬場)。
組織:宗教組織の状態に生じる変化への視点
信仰・倫理・儀礼に関して、宗教組織レベルに生じる変化(三木)。
個人:個人の宗教的行為に関する視点
個人が宗教集団に規範的にどれくらい統合されているか、についての変化
アメリカの例:全体社会レベルでは合理化が最も進行しているが、個人の宗教関与は数値的に高い(三木)。
個人の宗教的指向性の衰退には、地域的差異がある(櫻井)。
宗教の公的領域への進出を、宗教の「脱私事化」と呼んだ(東馬場)。
ドベラーレのいう組織レベルについて、政治に積極的に関わる宗教制度は健在であることを示した(櫻井)。
2025-12-16
11.2. 宗教とグローバル化
11.2.1. 「宗教の越境」(井上順孝『宗教社会学がよ〜くわかる本』)
地理的に近接する地域への広まり
それ以外
① 異なった社会、国あるいは民族への布教が組織的に推進された場合
② 植民地化によって宗主国の宗教が植民地にもたらされた場合
③ 移民に伴って宗教がもたらされた場合
(最近では)インターネットを介して越境していく場合
「文化、経済、政治など人間の諸活動、コミュニケーションが、国や地域などの地理的境界、枠組みを越えて大規模に行なわれるようになり、地球規模で統合、一体化される趨勢」(『ブリタニカ大百科事典』)
梶田孝道「グローバリゼーション」(『世界民族問題事典』1995年)
「〈グローバル[global]〉とは〈グローブ(地球)[globe]〉の形容詞であり、したがって〈グローバリゼーション[globalization]〉は〈地球規模化〉と訳される。近年に至って地球規模の事象が多発しており、〈宇宙船地球号〉〈地球村〉などの表現に見られるように、世界や地球のイメージが縮小し身近なものとなった。こうした現実を生み出した要因としては、多国籍企業の世界的展開、情報・コミュニケーション技術と運輸技術の発達、各国の規制緩和による銀行取引や金融情報の日常化などが考えられる。こうした現実は〈社会〉〈日常世界〉のイメージを一変させるに足る力をもつ。」
11.2.3. グローバリゼーション(グローバル化)に関する学説(中野毅「グローバリゼーション」ほか)
資本主義のグローバルな展開によって単一で近代的な世界システムが形成された。
近代に成立した「国民国家群のグローバル・システム」の成立と、その相対的自律性を重視する。
このような国民国家の存立を正当化する「世界文化」がグローバルに広がってきた。
ギデンズのグローバリゼーション論(梶田孝道「グローバリゼーション」)
グローバリゼーションは時間と空間の観念を変え(時‑空間の再編)、したがってこれまでの固定した社会のイメージを一変した。
ギデンズは4つの点に着目して、諸次元間のグローバリゼーションの進行のずれないし相違を指摘する。
1. 世界資本主義経済:
多国籍企業が地球規模で活躍しており、同時に地球規模での不平等の広がりも生じている。
2. 国民国家:
グローバリゼーションにもかかわらず、地球規模の政府が形成されるわけではなく、 政治的秩序の中で主役を務めるのは依然として国民国家である。
3. 世界の軍事秩序:
戦争が社会を何回も破壊する力をもち、戦争それ自体がグローバル化した。
4. 国際労働分業:
全地球規模の労働分業の拡大によって相互依存関係ができあがっている。
このように、グローバリゼーションは複数の要因による複合的な過程である。
各領域において重要なアクターも、国民国家、多国籍企業、移民や難民、サブナショナルな集団、NGOというように異なる。
11.2.4. 宗教とグローバリゼーション:ロバートソンの所説を中心に
基本的に、グローバリゼーションを近代以降の過程、あるいは近代の帰結と考えている。
合理化され世俗化された近代社会を前提としており、グローバリゼーションにおける意識・認識の問題や宗教の役割に対して十分な注意を払っていない。
ロバートソンの考えるグローバリゼーション(中野毅「グローバリゼーション」)
グローバリゼーションの過程は近代以前から始まっていて、近代を生み出す原動力の一つである。
グローバリゼーションは構造的にも形式的にもはるかに複雑な複合的過程である。
四要素の交流・相互依存、相対化
グローバルな領域は、
「国民国家としての諸社会」
「諸社会が相互に交流する世界システム」
「多様な諸個人」
「人類としての共通意識」
の四つの要素の相互作用の場である。
グローバリゼーションは、これらの要素間の交流や相互依存が緊密になる過程である。
同時に、各要素間の相対化や相対性の認識が進展する過程である。
グローバリゼーションでは、「普遍性の個別主義化」と「個別性の普遍主義化」の双方向的過程がグローバルに進展している。
グローバリゼーションには客観的側面と主観的認識的側面があるとして、主観的認識的側面の問題にも注目する。
主観的認識的側面:個人や国民共同体が「世界」をどのようにとらえているか。
「グローバルな意識」(「世界は一つだという意識」)の増大は、グローバリゼーションの重要な側面である。
この増大は「相対性の認識」を増大することでもある。
国家や社会をグローバルな視野のなかで相対的にとらえる意識
各個人を人類や世界の諸民族との関連のなかで相対的にとらえる意識
それは、セルフ・アイデンティティーやナショナル・アイデンティティーの変容と再構築を要請する。
ファンダメンタルズ(≓原理主義)の探求が再び始まる。
新たなアイデンティティーの模索と形成をいかなる「原理」にもとづいて行うか。
11.2.5. グローバリゼーションに対する宗教の応答(中野「グローバリゼーション」)
1. 宗教のグローバルな新展開
宗教のグローバルな展開
宗教は理念や信念、倫理や価値を核心に有する一種の情報体である。
理念や倫理などが人類に普遍的な価値を有していれば、現代のグローバリゼーションに対応して展開する可能性がある。
グローバリゼーションの影響は、異なった宗教伝統が出会い、習合する可能性も高める。
2. 宗教的原理主義の展開
宗教的原理主義は、多様な新しい価値観が従来の生活空間に流入し、すべてが相対化されていくなかで、個人や集団のアイデンティティーを再構築するために伝統的な原理へと回帰していったものとも捉えられる(ローカリゼーション)。
これらの多くは、それ自体がグローバルな運動として展開される。
3. 宗教的ナショナリズムの展開
11.2.6. 日本宗教の世界展開(井上順孝「国外に広まる日本宗教」)
1890年代:
浄土宗、浄土真宗が正式開教を行った。
1900年代:
日蓮宗、曹洞宗が続いた。
海外神社の創建が始まった。
北米での布教開始:浄土真宗本願寺派の活動が卓越していた。
1908年以降:
南米への移民が本格化した。
1907年、アメリカ合衆国の改正移民法(日本人移民を制限)。
1907-08年、日米紳士協約(アメリカにおける日本人移民の制限をめぐる協約)
以後、中南米への農業移民が日本人移民の中心になった。
戦後
新宗教による積極的な海外布教が増加した。
仏教系:創価学会、立正佼成会、辯天宗、解脱会、本門佛立宗、真如苑、霊友会、など。
神道系:天照皇大神宮教、世界救世教、世界真光文明教団、崇教真光、生長の家、など。
(教団サイトなど)
11.3. 情報化と宗教
「情報化社会あるいは高度情報化社会と呼ばれるようになった20世紀末以降の社会的条件の中で、宗教がどのような影響ないし変容を受けるか」(井上順孝「情報化と宗教」)
近現代のメディア環境と宗教(井上「情報化と宗教」)
近代には、マスメディア(新聞、雑誌、ラジオ、テレビなど)の発達が、宗教の布教・教化に大きな役割を果たした。
雑誌・出版物
ラジオ・テレビでの宗教に関する自己規制
ラジオに関する「日本民間放送連盟ラジオ放送基準」(1951年制定)、テレビに関する「日本民間放送連盟放送基準」(1958年)のなかに「宗教」の項目がある。
それ自体はさほど強い規制ではないが、これをもとに一定の自己規制が作用したと考えられる。
この自己規制は、日本社会における宗教教団の位置づけを反映している。
テレビのデジタル化・多チャンネル化
テレビの宗教放送が増加した。
インターネットと宗教(黒崎浩行「インターネットと宗教」2005年、井上順孝「情報化と宗教」2005年、黒崎「情報化」2010年、ほか)
インターネット普及による情報環境の変化と宗教の対応(黒崎「インターネットと宗教」「情報化と宗教」)
パーソナル・ネットワークの質的転換
自己の抱える悩み・苦しみについて相談し、あるいは自己の体験を語る聞き手を得る機会を、身近な人間関係の中ではなく、インターネットの中で初めて得る場合がある。
宗教側の対応:メディアの中で教義や宗教的共同性を自覚的に構築しつつある。
宗教に関する「情報」へのアクセスの容易化
対応
多くの教団で公式ウェブサイトの整備がなされた。
1990年代から、各教団がウェブサイトを作成し、自分たちの活動を紹介する動きが増えてきた(井上「情報化と宗教」)。
21世紀に入ると、信者が一般の人の質問に答えたり、要望に対応するようなサイトも登場した(同上)。
宗教者や宗教研究者の責任ある立場からの情報発信サービスが一部で成立した。
インターネットの普及によって、既存の宗教組織による権威と、それが保証する真正性がゆらいでいる。
インターネットは、従来のマスメディアにおける宗教の表象とは別の回路を開く可能性がある。
従来からのマスメディアによる宗教の扱い方の特徴
宗教は事件報道のなかで取り上げられることが多い。
日本では、伝統的な宗教行事は「風景」「風物詩」などとして、報道される機会が少なくないが、新宗教の活動など、それ以外の宗教活動は報道されることがほとんどない。
インターネットでは、より多様で柔軟な発信が行われている。
インターネットをはじめとする情報通信空間(サイバースペース)に接続することによって、布教や儀礼などの行為がなされる宗教
狭義には…
1. サイバースペースの中心的な活動の場とする宗教
広義には…
2. 既存の宗教組織がその機能を補完する活動をインターネットで行っているもの
3. 既存の宗教に抵抗、反発して分かれ出たもの